雑感

消費電力? 処理速度? 時間?

NTTドコモの新しい商品ラインナップが出た。
日経IT面で各商品の比較表を見る。4つのカテゴリーに分かれたとか、ウィジェットなどが話題になっているが、私自身が気になるのは、各サービスの対応表。
やはり、ドコモ側のサービス拡充に対応しているのは、従来の90xシリーズや70xシリーズの端末。新たに加わったビジネス系ユーザのための端末で、期待できそうなものの多くは、ほとんど、ドコモのサービスには対応しない。まあ、ドコモのユーザとしての権利を延長できるくらいのメリットしかない。
個人的に、携帯は、ずっと、ドコモだ。特に不満はないし、いくつか愛用しているiアプリもある。それを手放したくはない。ビジネス系携帯の利便性に着目するが、今は既に日用品を用いたライフスタイルが確定している。その状況を変えたくはない。
なんで、新たな携帯が対応できないのか。もちろん、開発にかかる時間的な問題もあるだろう。多数のユーザに提供する事を考えると、開発と検証にかかる時間もかなり要する。ただ、ドコモの既存サービスは技術的にはかなり枯れたもので、新たな技術的要素が必要とされる訳ではない。まあ、iモードは、もともとIPベースではないので、その辺りで問題にはなるのだろうけど。。。
ドコモの既存サービスや新規サービスを、非対応端末で実現可能にするVirtual Machineでもないかしら、、、と思ったけど、まあ、それは、やはり、消費電力を考えると厳しいですよね。処理速度も厳しいでしょうし。。。。。
携帯端末の最終的に求めるものは、バッテリーの持ち、なので、消費電力は絶対に考えなければならない要素。
だけれども、方策はあると思う。いくつかアイデアもある。

本当にほしい携帯端末は、なかなかでないな。。それを実感するドコモの新商品発表でした。
今、買い換えるかそのものを含め、悩み中。。。

ディジタルフォトフレーム

Sonyのデジタルフォトフレーム CP1を使ってみる。

元々は、Webでいろいろと調べた際に気になった製品で、RSS、WiFi、Picasa対応と書いてあるのを読んで、???となり、入手。プライベートでも使いたいと思ったのですが(笑)、それ以外に、研究の一環で、各農地の状況を把握するために使用できるかと思い、いろいろと使い倒してみました。

製品そのものは、Sonyのエクステンションラインという、まあ、趣味的に作ってしまったプロダクトの流れということなのでしょう。別途、普通のデジタルフォトフレームがやはりSonyから販売されているのに、それとは別のデザイン機能で出しているのです。

面白いのは、まず、この製品を見ようと思って、電気屋に行ったときのこと。
一店舗目:
私「RSS、WiFi、Picasa対応のデジタルフォトフレームって、何処に置いてありますか?」
店員「?? フォトフレームですよね。。それでしたら、カメラ置き場にあります」
移動してみると。。。そこには、目当てのものがない。。。
次の店へ移動。
2店舗目:
今度は、最初から、カメラ置き場に移動。。。しかし、ない。。。
私「RSS、WiFi、Picasa対応のデジタルフォトフレームって、何処に置いてありますか?」
店員「えーと、判らないので、聞いてみます。。」
しばらく待つと、
店員「プリンタ置き場にありますので、ご案内します。。ですが、使い方が判らないので、ちょっと説明は出来ないのですが。。。マニュアルを読まれますか?」

という状況。。
ようは、こんな変な製品、まだ、認知されていないって事ですね。。。
ただ、海外を調べてみると、いろいろと同種の製品が発売されている。これから、このような製品がどんどん流行るのではないかなと思います。。。

でまあ、結局、購入して、使って見ました。
WiFiはAOSS対応。Webは、Operaブラウザが内蔵されており(プラグインはほとんど入っていないと思われる)、Webサイトの閲覧も可能。RSSはリーダが内蔵されており、設定すれば各社のRSSを読める。Webアルバムとの同期は、Picasaの他数社との同期が可能。Yahoo!天気のデータを表示する機能もある。といったところです。

ただ、
- 画面デザインが駄目(センスがない。。。)
- 画像とニュース(RSS配信)を同じ画面上に表示できるのだが(この機能が欲しかった)、その際に表示できるRSSは、何故か、Yahoo!ニュースだけ。
- 表示できる時計は2種類だが、どちらもセンスが悪い。時計の表示位置が移動できないため、写真とかぶる場合が多い。
という問題を感じました。

この中で、特に、Yahoo!ニュースだけしか写真と共に表示できないというのは、機能的に、何故、このような制限をしたのかがわからないほどの欠点だと思います。是非、改善を要求したい(ソフトウェアアップデートで充分対応出来る範囲でしょう)ところです。

でもまあ、このような欠点があるのを含めて、どう見ても、プロトタイプと言うような製品を、きちんと一般消費者向けに出していく姿勢には感心しています。誰もが喜ぶもの、当たり前だと思うものだけを構築したり、商品化したりというようでは、新しい可能性を供出することは難しく、常に、相手に対して一歩踏み込み事が、新たな計算不可能性を生み出す重要な姿勢だと思います。
その意味で、可能性を感じた商品でしたので、珍しく、商品紹介のようになってしまいましたが、記述してみました。

皆さんの意見も聞かせてください。

ガイアの夜明け 8月19日放送を見ましたか?

ガイアの夜明け 「台頭するPB商品 ~“価格”を制するのは誰だ~を見た方はいらっしゃいますか?

原材料があがる中、消費者の低価格という要望に応えるための様々な取り組みが紹介されていました。10銭でも安くするための様々なトライアル、余分なコストを削減するための追求、どれもが素晴らしいものだと思いました。

その一方で、悲しくなりました。
私は、各地の生産者の方と話をしています。それぞれの方が、食の安全安心、そしてよりよい味を求めてどれだけの努力をしているかを知っています。これらの生産者の方が、この番組を見たら、やはり、悲しくなると思います。

良いモノを安く。それは、もちろん、求められることです。
ですが、良いモノを作り続けるための体制をどのように構築していくか、それを持続していくか。そのビジョンがないままに価格だけを追求するというのでは、中長期的には、食文化どころか食そのものが無くなるのではないでしょうか。

2050年には90億を超えるという世界人口。今の食糧事情を考えれば、その時点では、物理的に食べ物がたりません。飢える人が出てきます。そうなったとき、食糧は輸入できるのでしょうか。出来るわけがありません。

今、世界中で、食の囲い込みが始まっています。その中で、我々は、何をすべきなのでしょうか?

それを考えさせる番組でした。

87階からの世界

最近は、全国を動いており、なかなかBlogの更新が出来ません。すいません。
農業+ITという流れが、ちょうど時流に乗っているのか、有り難いことで、いろいろな出会いがあります。しばらく、ばたばたとした日々が続く(ずっとそう?)と思いますが、どうか、温かく、見守ってください。

さて、数日、上海に行ってきました。
上海では、森ビルが建築した、上海で一番高いビルにはいかなかったのですが(あれって、入れるの?)、その横にある、87階建てのビルに行ってきました。こちらは、上層部がホテルになっており、夕食を80階超(詳細な階数は忘れた)で食べて、その後、87階のバーに行くことが出来るのです。
今回は、上海に事務所をもたれている、日本の企業の経営者の方に連れて行っていただき、レストランとバーに行ってきました。

87階から見る上海の街は、予想以上に暗かったです。そもそも87階という高さになじみがないのですが、感覚的には、飛行機が空港に降り立つ途中の高さという感じですその高さで感じたのは、発展していると言われる上海の夜の街が、予想以上に暗かったということです。最近、ささやかれている、中国の原油不足の影響なのか、それとも、原料高による経済失速の予兆なのか、それはわかりませんが、ある一定範囲のエリアの光量を比較すると、上海は、アジア諸国の主要都市の中で、明るい方には入らないと思いました。まあ、もちろん、そのビルが建っているエリアの明るさは、群を抜いているのですが。。。。一歩外れると、灯りがちらほらという感じなのです。

中国のひずみというものを、ある意味で、目の当たりにする、夜景かもしれません。そう思うと、多少のチャージはかかりますが、一見の価値はありましたね。はい。


皆が嫌いなIT業界?

知人のブログを読み、いろいろと考える。

小野さんのブログである。
最近、有り難い事に、様々な企業の方とお会いし、様々な場でお話をさせていただく機会に恵まれている。ちなみに、お話をさせていただくというのは、講演をするという状況だけでなく、いろいろな議論をさせていただくというものが多数を占めています。。

消費財を研究開発販売している企業の方々、高齢者や障害者の支援をされている方々。
現場のリアリティを持つ方々の意見の強さ、そして気持ちよさを感じる日々である。一方で、IT業界は、私が教えているSFCに在籍している方々(学生、教員、もちろん私も含む)にとっても、いまいち、何を持ってしてIT業界というかという定義については明確な答えを持っていない人が多いが、それは、実際にIT業界の中で働いていない人に取り、IT業界における「現場のリアリティ」というものが、実感を持って感じられないからなのだと思う。

今回、小野サンが取り上げている、「大手メディアによるIT業界ネガティブキャンペーン」というのも、書いている記者の方が、IT業界のリアリティというものが実感を持って感じていないからなのではないだろうか。リアリティがあるということは、やはり、その業界で、実際に人にあって、IT業界で言えばシステムを構築するという作業を何らかの形で手掛けている(あるいは、その経験がある)方々である。抽象的な議論やメディア批評に従事しているのでは、分かり難いリアリティが、未だに、IT業界では実存しているのである。このリアリティを記事を書く側が実感しているか否かが、今回、小野さんが指摘しているような、記事の記述へと繋がっているのではないだろうか。

ちなみに、この、独自のリアリティがIT業界において実存している状況について、私自身は、少し批判的である。そのような状況が、IT業界を狭めていると思うし、私自身が良く問題視している、「IT業界と他業界との溝」の要因にもなっていると捉えているからである。

情報技術の価値

GWは、家には居ましたが、ずっと仕事でした。既に提出しましたが、GW明けまでにまとめなければならないものがあり、それにかかりきりでした。

その合間を縫って(そういうことをしているから、仕事が遅いのでしょうが。。。)、いくつかテレビ番組を見たり、書籍や雑誌を見たりしていました。特に、自分自身が、最近は、農水産物の生産加工工程にどのように情報技術を活用するかという点に、非常に注目しておりますので、その関係の情報に、なるべく触れるようにしていました。

多くの番組や雑誌などで取り上げられているのは、
「良いモノを高く売る仕組みを作るという事は、今まで困難であったが、可能になった。これで、農家もやる気が出る」というような話です。これは、確かに素晴らしいことだと思います。きちんとしたインセンティブを与えるという事は、日本の農水産産業の現場では、不足している点だと思います。
ただ、気になる点は、「この傾向が、あまりに重要視されすぎていないか?」という点です。生産者側に取ってみれば、良い品を高く売れると言う環境が提供されるのは重要です。しかし、残念なことに、商品者の中のごく一部を対象としたものでしかありません。
私が危惧するカテゴリーの一つが、学校給食等です。コストが重視されるから、高付加価値の水産加工物は使えません。使われるのは、多くの消費者が、自宅での使用は忌避している、アジアの特定地域の農水産物です。同じ事は、例えば、自衛隊もそうでしょうし、それ以外にも、公の立場が関係する多くのところが、やむを得ず、危険かもしれない原材料を使用しています。

情報技術は、この現状を変革できる可能性を、持っていると思います。
実際に、農作業の現場、あるいは流通に携わっている人ならば想像出来ると思います。ごくごく限られた領域に、きちんと情報技術を適用することで、状況は大きく改善するのではないでしょうか。

ただ、残念なことに、従来からの取り組みは、可能性を活かしていないばかりか、狭めている状況です。担当者レベルでは何をすべきか判っていても、事業としての目的が予め定められており、変更できない場合がほとんどです。国内各地を見てきて、本当に、悲しいと思う状況が多数存在しています。

私自身は、今年度、個人的でも、なんとか、この状況を修正するような取り組みを進めたいと思っています。詳細をここで記述することは、ご一緒させていただいている方々にご迷惑をおかけするので記述しないことをお許しください。
とにかく、情報技術の価値というのものを、もう一度、考えなければ行けない。特に、農水産業の現場に携わっていると、その点を痛感します。

最近の活動を通じて。。感じたこと(ご無沙汰してすいません)

1ヶ月ほど更新をしておりませんでした。
SFCに戻り、最初の1年間が過ぎようとしています。
期待を超えた出会いやきっかけが得られ、そして期待を遙かに下回る状況もありました。

最近、改めて感じていることは、IT業界全体が、大きな曲がり角に来ていると言うことです。
この2月から、経済産業省の、産業構造審議会の情報経済分科会に出させていただいております。さすがというか、列席されている方々の多くは、経験や社会的な責任において、私の想像を遙かに超える方ばかりです。大学関係者も含め、私が一番若輩者で、参加するだけでも非常に勉強になります。ただ、その一方で、列席されている方々の意見を伺って一番強く感じた事は、「このままでは、10年後の日本は厳しいのではないか」ということです。そして、「その想いを、多くの方々が内心では抱いていながら、それを打破する具体的な手だてが見つからないでいるのではないか」ということなのです。

これは、私自身の勘違いなのかもしれません。そうであって、10年後の社会が豊かな状況であれば良いのですが。。

今日、某所で議論している中で、日本の組織体が持つ弱さという論点がありました。
旧来の組織構造や慣習を引きずりすぎている今の日本の組織体の多くは、抱える人材が保有する潜在的な才能や意欲を引き出し切れておらず、それが、負のスパイラルを生み出していると言うことなのではないかと思います。それに対し、海外では、ドラスティックな組織体の改変が新たなイノベーションを生み出していると言う主張も多く見られます。これは、繰り返されてきた議論です。

私自身は、外部からの中途人材投入による、劇的な組織改編が、良いとは、必ずしも思っていません。それは、ある意味、博打だと思いますし、その時点まで、各組織帯が培ってきた優位性を無視するという事にもなりかねません。Scrap and Buildを繰り替えし、その中から強い組織体が生まれてくるのを待つというのでは、日本のような人口が少ない国は、米国や中国等の物理的に人口が多い国と比較して、確率的には、常に不利な状況にあります。
そんな取り組みではなく、我々が培ってきた優位性というものを、どのように引き出すのか、それを真剣に議論し、考えなければいけないのでしょう。

効率を無視するわけではありません。効率だけでは、日本という国の優位性は保てないと考えているということなのです。
人間の技能や技を必要以上に神聖化する必要もないでしょう。人間の認知や思考が、ときには、大きな予想できない飛躍をもたらすとしても、その結果として得られる現象の多くは、我々が知る、この物理世界の法則に乗っ取っています。そうであれば、その点を媒介として、新たな試みを考えることは出来るのではないでしょうか。

主に食品分野で、様々な偽装が話題になった2007年だが、同時に、IT業界の偽が、非IT業界の方々から見え始めた年でもあったのではないかと思う。

IT業界の偽とは何か。
それは、IT業界が当たり前として非IT業界に出していたものの多くが、実際は、突き詰めて考えた結果ではなく、過去の事例を参考にしたもの、あるいは単なる慣習に基づいたものであったと言う事ではないか。

当たり前のように出されてくる見積もりの何処までが精査されたものなのか。
そして、資料は焼き直しが多い。
様々な業種の様々な企業の方々から資料を見せていただくと、5割か、下手をすると7割の資料の中身は似通っている。最近では、Business Intelligenceという文言を見るだけで、うさんくさく思えてしまう。
#もちろん、内容が充実したBIもあるのですけどね。。そうでないものがあまりに多い。

IT業界の方々は言う。
「価格競争に陥っており、余分な人件費がかけられない」
「この提案で、今まで、お客様は満足していた」

しかし、それが、自分たちの首を更に絞める方向なのではないか。

日本という、世界でも比べる国がほとんどないほどに人件費が高い国で、この人件費を供出するだけの価値を、供出しているのだろうか。10年後に、競争力がある産業として、自立していけると思っているのだろうか。

この1年、私は、自分の立場が変わった事もあり、様々な方々とお会いし、議論を重ねてきた。その中には、著名な陶芸家や書家、熟練農家、熟練技術者といった、非IT業界の方々も多く含まれている。

IT業界は若い業界である。歴史がある、非IT業界の方々は、何が競争力を生み出す源泉であるか、それを形成するためにどれだけの投資が必要であるか、と言う事を、少なくともIT業界よりもよく知っている。我々、IT業界は、そのことをもっと実感しなければいけないのではないだろうか。

IT業界が日本に必要かと言えば、それは、必要ですと、私は、答える。それは変わらない。
日本という国が、10年、そしてそれ以降に競争力を保つためには、ITは必要だと実感している。ただ、そのためには、IT業界自身が変わらなければならない。変わらないのであれば、非IT業界もまた、ITを使わずに競争力を保つ方法を探らなければ行けない。だが、それは、更に辛い方向だと思う。
2008年のIT業界に期待したい。

インタフェースの作り込み

しばらくiPhoneを使っている。
いろいろと話は聞いていたのだけど、実際に使うまでは、「まあ、Apple教の方が言う事だから。。」と、斜めに構えていた。
もろもろの事情から使い始めたのだが、正直に申し上げて、きちんと作り込まれている事に感動し、ちょっとはまってしまった。
iPhone、あるいは日本でも既に発売されているiPod Touchについては、インタフェースの斬新さだけが注目される事が多い。でも、使ってみると、それ以上に、気持ちよさを追求したインタフェースの作り込みに注力されている事を実感する。だからこそ、評価されるのだ。

もちろん、携帯電話機能は、日本ではGSMだから使う事は出来ない。だが、無線LAN環境では、ほぼ無敵といえるほどの使い勝手である。カメラも使えるし、スケジュールを確認するのもOK。業務端末として考えても、かなり行けるのではないかと個人的には思っている。

欠点は、入力環境。英語入力でもかなりイライラする。爪で入力できないため、指の腹で入力する必要がある。そうすると、しょっちゅう、ボタンを押し間違えるわけだ。WiFiのWEP Keyを入力する際なんて、もう間違ってばかりでかなりイライラした。

と、まあ、万能ではなく、ベストというわけではもちろんない。
だが、私が以前から主張する、「第四の計算不可能性」とも呼ぶべき、単なる機能の積み上げでは到達できない可能性を、iPhoneには感じる。日本の大手携帯電話メーカが、「機能として見ると、それほど新しいところはない」とiPhoneを評価しているようだ。そのような機能の積み上げだけで話をしているから、新しい価値観が出せないのだと思う。

そういう意味では、国内の今年のプロダクトでは、初音ミクは、新しい価値観を提示したと思う。あれこそ、機能をいくら並べても到達できない価値観を提示している。でも、それって、結局、作り込みが可能にしたものかもしれない。そういう意味では、造り手の想いというか、こだわりが、新しい価値観を提示する事につながるのかもしれませんね。

まとまりのない話ですみません。。

喫煙車を是非。。

私は煙草が嫌いです。体質としても煙草が合わないようで、調子が悪い際は、近くで煙草を吸われると呼吸がかなり辛くなるときもあるほどです。


最近は、JR東日本を中心に、喫煙車を廃止する動きが盛んで、JR東海も東海道線に配備した新型のN700系では、基本的に全車禁煙となっています。このような動きに対し、私としては、是非、最高をお願いしたいと考えています。
全車禁煙となった結果として、愛煙家の方々と、隣り合わせて座る可能性が非常に高くなりました。
愛煙家の方々は、乗車される前に煙草を吸われる事が多く、その方ご自身の周囲には煙草のにおいが漂います。衣服はもちろん、呼吸される息にも強く感じるほどです。先日も、長野に所用で出かけたのですが、横に座られた方から煙草のきつい臭いが漂ってきて、私自身は降車するまで仕事が何も出来ないほどに辛い時間を過ごす事となりました。本当に、喫煙車を復活していただきたい。そうすれば、このような愛煙家の方々は、喫煙車両に乗車されるのでしょう。

では、タクシーはと言えば、私自身は、基本的な方針として禁煙に賛成。そのうえで、特別料金を割り増しして喫煙タクシーを整備するという意見です。新幹線等の列車の座席は、基本的に自分自身が選択します。喫煙と禁煙という2種類の選択肢が存在します。それに対し、今まで、タクシーは、基本的に選択肢がなかったわけで、乗客は、煙草がどんなに嫌でも、そのタクシーに乗車するしかなかったわけです。これは、駅等でタクシー待ちをしている状況では特に顕著で、運転手が煙草を吸った跡があるタクシーには、私自身は乗りたくないわけですが、順番がくればしょうがない。後ろに待っている客もいるし、まあ、あきらめて乗っていた。今度は、基本的に禁煙というように東京では来月から変わるわけです。
でも、これは極端な変化だと感じています。必要であれば、喫煙タクシー乗り場を整備する。喫煙タクシーのドライバーが健康を害さないように、空気清浄機を入れ、必要であればエアカーテンを導入する。その分のコストを料金に上乗せするわけです。それでも乗車する人はするでしょう。それが出来ない人は、タクシーに乗車する際は煙草をあきらめる。とにかく、選択肢はきちんと与えるべきだと思います。

たいした内容ではないのですが、最近、タクシーに乗車すると、ドライバーの皆さんと話をする話題にこの「全面禁煙」の話が出ますし、自分自身も上述したように嫌な思いをしたために、ちょっとかいてみました。

皆さんは、どのように思われますか?

人間の英知というもの

急遽、この前の週末に、沖縄宮古島、本島へと行ってきました。
先日、NHKのプロフェッショナルにも出ていた、沖縄の卓越した義肢技術者として知られる、佐喜真氏と議論をする事がその目的の一つでした。
私が最近強く感じている事の一つは、今の日本に存在する、人間の英知を、どのように次世代に継承するかという点です。この際、継承には、「その英知が産業として成立する」事が大事だと考えています。
それは、最近取り組んでいる農業にしても同じ事です。

ある分野に熟練した人間が持つセンシング能力とは、既存の様々なセンシングデバイスの精度を大きく上回る事はよく知られています。また、このようなセンシング能力を持った人間の英知は、この莫大なセンシング情報を整理し、どんなコンピュータでも及ばないようなデータ処理能力や予測能力を持っています。
これらの英知に、素直に感動したり、あるいはその英知を讃えたり、というのが、最近のテレビ番組や社会の動向である気がしています。でも、それでは、駄目なのです。

その英知が芸術分野に属する範疇であるのならば、その所産は作品ですので、私のアプローチも大きく変わります。しかし、その英知が社会システムの中で価値を持つような類のものであるのならば、大切な事は、その英知をどのように社会の中で役立てるかという事ではないでしょうか。そして、そのための手法の一つとして、その分野が産業としてどのようにして成立するかを考える事があるのではないかと考えています。既に産業化が成立している、あるいは可能性がある内容に関しては、私はその流れに任せれば良いと思います。産業として成立すれば、そこには人が集まります。継承者も生まれてくるでしょう。しかし、残念ながら、実際には、その英知が卓越していればするほど、産業としては成立していない状況が多い気がします。農業もそうですし、今回訪問させていただいた、佐喜真さんに関しても、様々な取り組みをされていますが、まだまだ可能性があると思っています。私が情報技術の専門家として貢献する価値があるのではないかと考えているという事です。まだ、具体的にどのような取り組みになるかはわかりませんが、実際に、佐喜真さんが作業をされている工程を実際に見学し、その後の議論を重ねました。多少の可能性は見いだせるのではないかと思っています。

とにかく、素晴らしい人間の英知を、単に賛美するという風潮だけは止めてほしい。それは、確かに、日本人が好きそうな、お涙頂戴型の番組制作にはなるでしょうが、中長期的な社会システムのビジョンには何も影響を及ぼさないどころか、社会システムの形成という観点からは、おそらく害をなすからです。

沖縄の空をみながら、考えてきました。

パネル ものを捉えるということ

11月22~23日に、六本木ヒルズで開催される慶應SFCのORF(Open Research Forum)に出展する。
23日には、宮台さん、国領さんと三名で鼎談。それの準備もこれから考えなければいけないが、とりあえずは、出展のためのパネル造りに追われている。

出展は、神成研究室として実施するので、原案は、学生の皆さんにお願いした。研究室では3つのプロジェクトを実施しているので、それぞれ1枚ずつ。それと、全体をまとめる1枚で合計4枚という予定だ。学生の皆さんがまとめてくださった文章はどれもまとまっていて、学内発表用として用いるのは問題ない。しかし、ORFは企業の方等の実社会の方々を対象としたイベント。やはり、インパクトが弱くなってしまう。そこで、自分で少し手を入れることにした。

情報を相手に伝達すると言う事を20歳前後からもっと取り組むべきだと思う。私は、よく、授業で、視野、視座、視点という話をする。これは、宮台さんとの対談本でも触れたし、私の話を聞いた事がある方の多くは既にご存じの事だと思う。「ものを捉える」ためには、この3つを依存関係のない軸として定義し、考えなければいけない。それによって、他者と自分との意見が異なった際に、その要因を分析する事も容易となるし、議論も整理されていく。これは訓練で培われる技能であり才能ではない。だから、磨かなければいけない。今回のパネルも、それを意図して学生の皆さんに作成してもらおうと思ったのだが、私自身の時間が無く、結局は自分で夜を徹して作る事になったりする。このあたりは、反省点である。。

今日の昼間に総菜を買うために出かけたのだが、そこで店の店員の手違いか、少しトラブルになった。謝ってくれるのだが、その視点が異なっているのに、その店員さん自身が気づいていない。視点だけでも一致すれば話が通じるのだが、今日は、視点が異なる。こちらの視座に気づいていないし、視野も違う。そうなると、謝ってもらえばもらうほど、お互いに不愉快な気持ちになる。店員さんも、気持ち悪そうだったが、私も含めてそこにいる客全員は、もっと不愉快な気持ちだ。形式的なマナーの限界箱のあたりにあるのだろう。もっと、ものを捉えるという事に、日常から注意深くなってもよいのではないだろうか。

酒を飲みながら、パネル原稿を作成していると、こんな事を考えたから久しぶりに書いてみました。

だけれども、まあ、それよりも、民営化された郵政公社の配達員のマナーは、もう少し何とかならないんでしょうかね。。。。宅配業者と比較すると、まあ、溜息が出るほどひどいですな。ふう。

新聞 考

私は自宅に新聞を購読していない。

元々、この3月まで結婚以来別居をしていた関係で(まあ、それはそれとして)、どちらかの家に何日間かいる事があるため、新聞を取っても溜まってしまう、そうなると留守宅である事を明示してしまうため避けていたという事がある。

で、この4月から同居となったわけですが、別居期間中にネットでニュースを見ると言う癖がついてしまい、結局、今に至るまで新聞を購読していないわけだ。

ところが、気がついてみると、平均して1週間に2回以上、多いときは4回か5回は新聞を見ている。それが、どこかと言えば、ホテル。結構の割合で外泊しているので(出張が多い。。。8月だけで新幹線に20回以上。。いや、ひょっとしたら30回前後は乗っている。。)、ホテルで朝刊が入ってきて読む。時間がないときは、この新聞を新幹線の中で読んでいる。

改めて新聞のことを考えてみると、新聞の持つ構成力というか情報閲覧性はやはりなかなか良い。一目見て重要性がわかるし、斜め読みも出来る。MobileでNetのニュースを読むと、いちいち記事を読みに行かなければならないし、それぞれの重要性もわからない。紙面の重要性を感じたりもする。
でも、その優位性がずっと残るのかというと、そうは思わない。現在の状況は、Web系のニュースサイトがだらしがないというだけで、新聞はずっと本質的に変わってはいないわけだ。変わっていないものに対して、依然としてニュースサイトがそれを越えられないのは、現状に甘んじているのか、想像力不足なのか、そういった理由なのではないか。

今の新聞記事を支えるビジネスモデルはさておいて、少なくとも、省資源化が叫ばれる昨今において、紙という媒体を選び、それが毎日廃棄される新聞というメディアが資源を無駄にしているのは事実である。少なくとも、あの大きさの紙が、配送され廃棄される。そこに要される資源は間接的なもの(輸送コスト等)まで加えると莫大である。
また、新聞と比較すると書籍の方が紙を用いる優位性はあるのかもしれない。新聞が、時間制を重んじるニュースを主な内容としているのに対し、書籍は長期間有効とされる情報が掲載されるものであり、未だデジタルメディアよりも紙のほうが、長期間のデータ保存という観点からは適しているからだ。

まあ、とりとめもない話なのだが、そんな事を考えながら、新幹線の中で新聞を読んでいたのであった。

前期概ね終了

今週で,SFCの前期が概ね終了.久しぶりに戻ってきた母校は,予想外に元気な学生が多くて嬉しかったというのが本当のところ.

この3ヶ月を踏まえ,改めて考えたい点は,SFCの価値が何であるかという点.
私が在学中だった頃と,社会全体の流れは大きく変わっている.先日,某メーカで議論をさせていただく機会があった.その中で記憶に残っている事に,「アーキテクト職に対する注目」というものがあった.
「何がアーキテクトか?」という問いに対する答えは,単純には,「感動を創出できるのか」ということだと思う.単なる積み上げに終わらない,夢想でもないものを,アーキテクトは創出しなくてはいけないのだろう.

私がSFCに求めるのは,アーキテクトの排出であり,SFC自身がアーキテクトとしての役割を担う事だ.
そのためには,何らかの技術的背景,あるいは経験や知見を踏まえたひらめきを持つ人材群を養成する必要がある.天才といわれる人達に関しては,この種の経験やひらめき,技術的背景がなくとも,人に感動を与えられる資質を持っている.ただ,天才は育成できないし,常に存在する事を期待する事も出来ない.それゆえに,我々は,ある程度の確率で成功を収めるために,天才抜きで,この種の人材を輩出しなければいけないのだと思う.残念なことに,この種の積み上げ型の努力でアーキテクトを育てたとしても,天才に敵う事が難しいというのが歴史的事実から我々自身が学ばなければいけないことではある.だが,どのように難しい事であろうとも,その確率は0ではないと思う.また,一人の天才が創出するアウトプットを上回るだけの変化を,多数の非天才アーキテクトが生み出す事も可能だと思う.

この種の人材育成,そして研究機関としての潜在的な資質がSFCには存在していると考えている.逆に,そこに資質を見いださなければ,厳しい言い方をすれば,SFCの存在価値はないのではないか.国内外の他大学,研究機関と比較して,やはり,何処にもない,優れた拠点としての価値を創出して田舎ければいけない.今までそうであったかどうかではなく,常に,今,目指すものとして,そうでなければいけないと考えている.

ringoさんのコメント

定期的に議論をさせていただいている,ringoさんに,書籍を差し上げて,「おもしろかったら,感想を書いてね」と申し上げたら,早速,感想を書いていただけた.

ringoさんのblog

ringoさんは,私が知る中で,最も尊敬できるエンジニアの一人である.議論をしていて,正直に申し上げて適わないなと思うことも多い.ringoさんは,私に弟子入りと書いているが,私こそ,ringoさんに弟子入りしたいくらいである.

さて,SFCで教鞭を取るようになり,早,1ヶ月半が過ぎようとしている.予想よりもばたばたと,忙しい毎日を送っている.このWebにしても,もう少し早く公開する予定が,GWになり,更新も滞りがちである.

ただ,この忙しさは心地よい.人間が日々振る舞い行動する中で,感動するということは大事なことだ.対談の中でも触れたが,人の行為に感動する,思考に感動するという瞬間を味わえるのであれば,それは,何にも変えられない事だと思う.美しいとは,何も,ダンスやパフォーマンス,あるいは,純粋な天才の思考に触れる事だけからのみ得られる事ではない.日々の暮らしの中に埋没しているし,それゆえにさらに感動するものもある.SFCにいる時間とは,そのような感動を実感する瞬間であり,だからこそ,心地よいのだと思う.

その中で,自分が進んでいく方向性や興味が見えてくる.だから,「一生懸命」ではなく,「一所懸命」でもなく,「一瞬懸命」でありたい.