2007年12月

主に食品分野で、様々な偽装が話題になった2007年だが、同時に、IT業界の偽が、非IT業界の方々から見え始めた年でもあったのではないかと思う。

IT業界の偽とは何か。
それは、IT業界が当たり前として非IT業界に出していたものの多くが、実際は、突き詰めて考えた結果ではなく、過去の事例を参考にしたもの、あるいは単なる慣習に基づいたものであったと言う事ではないか。

当たり前のように出されてくる見積もりの何処までが精査されたものなのか。
そして、資料は焼き直しが多い。
様々な業種の様々な企業の方々から資料を見せていただくと、5割か、下手をすると7割の資料の中身は似通っている。最近では、Business Intelligenceという文言を見るだけで、うさんくさく思えてしまう。
#もちろん、内容が充実したBIもあるのですけどね。。そうでないものがあまりに多い。

IT業界の方々は言う。
「価格競争に陥っており、余分な人件費がかけられない」
「この提案で、今まで、お客様は満足していた」

しかし、それが、自分たちの首を更に絞める方向なのではないか。

日本という、世界でも比べる国がほとんどないほどに人件費が高い国で、この人件費を供出するだけの価値を、供出しているのだろうか。10年後に、競争力がある産業として、自立していけると思っているのだろうか。

この1年、私は、自分の立場が変わった事もあり、様々な方々とお会いし、議論を重ねてきた。その中には、著名な陶芸家や書家、熟練農家、熟練技術者といった、非IT業界の方々も多く含まれている。

IT業界は若い業界である。歴史がある、非IT業界の方々は、何が競争力を生み出す源泉であるか、それを形成するためにどれだけの投資が必要であるか、と言う事を、少なくともIT業界よりもよく知っている。我々、IT業界は、そのことをもっと実感しなければいけないのではないだろうか。

IT業界が日本に必要かと言えば、それは、必要ですと、私は、答える。それは変わらない。
日本という国が、10年、そしてそれ以降に競争力を保つためには、ITは必要だと実感している。ただ、そのためには、IT業界自身が変わらなければならない。変わらないのであれば、非IT業界もまた、ITを使わずに競争力を保つ方法を探らなければ行けない。だが、それは、更に辛い方向だと思う。
2008年のIT業界に期待したい。

インタフェースの作り込み

しばらくiPhoneを使っている。
いろいろと話は聞いていたのだけど、実際に使うまでは、「まあ、Apple教の方が言う事だから。。」と、斜めに構えていた。
もろもろの事情から使い始めたのだが、正直に申し上げて、きちんと作り込まれている事に感動し、ちょっとはまってしまった。
iPhone、あるいは日本でも既に発売されているiPod Touchについては、インタフェースの斬新さだけが注目される事が多い。でも、使ってみると、それ以上に、気持ちよさを追求したインタフェースの作り込みに注力されている事を実感する。だからこそ、評価されるのだ。

もちろん、携帯電話機能は、日本ではGSMだから使う事は出来ない。だが、無線LAN環境では、ほぼ無敵といえるほどの使い勝手である。カメラも使えるし、スケジュールを確認するのもOK。業務端末として考えても、かなり行けるのではないかと個人的には思っている。

欠点は、入力環境。英語入力でもかなりイライラする。爪で入力できないため、指の腹で入力する必要がある。そうすると、しょっちゅう、ボタンを押し間違えるわけだ。WiFiのWEP Keyを入力する際なんて、もう間違ってばかりでかなりイライラした。

と、まあ、万能ではなく、ベストというわけではもちろんない。
だが、私が以前から主張する、「第四の計算不可能性」とも呼ぶべき、単なる機能の積み上げでは到達できない可能性を、iPhoneには感じる。日本の大手携帯電話メーカが、「機能として見ると、それほど新しいところはない」とiPhoneを評価しているようだ。そのような機能の積み上げだけで話をしているから、新しい価値観が出せないのだと思う。

そういう意味では、国内の今年のプロダクトでは、初音ミクは、新しい価値観を提示したと思う。あれこそ、機能をいくら並べても到達できない価値観を提示している。でも、それって、結局、作り込みが可能にしたものかもしれない。そういう意味では、造り手の想いというか、こだわりが、新しい価値観を提示する事につながるのかもしれませんね。

まとまりのない話ですみません。。

慶應大学ORF 鼎談(11月23日)

先月、六本木ヒルズにおいて開催された、慶應ORFのパネルディスカッションのレポートが出ていたため、リンクを張っておきます。

宮台真司 対 國領二郎 対 神成

という3名での鼎談となります。
http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/11/27/orf2/index.htmlをご覧ください。

喫煙車を是非。。

私は煙草が嫌いです。体質としても煙草が合わないようで、調子が悪い際は、近くで煙草を吸われると呼吸がかなり辛くなるときもあるほどです。


最近は、JR東日本を中心に、喫煙車を廃止する動きが盛んで、JR東海も東海道線に配備した新型のN700系では、基本的に全車禁煙となっています。このような動きに対し、私としては、是非、最高をお願いしたいと考えています。
全車禁煙となった結果として、愛煙家の方々と、隣り合わせて座る可能性が非常に高くなりました。
愛煙家の方々は、乗車される前に煙草を吸われる事が多く、その方ご自身の周囲には煙草のにおいが漂います。衣服はもちろん、呼吸される息にも強く感じるほどです。先日も、長野に所用で出かけたのですが、横に座られた方から煙草のきつい臭いが漂ってきて、私自身は降車するまで仕事が何も出来ないほどに辛い時間を過ごす事となりました。本当に、喫煙車を復活していただきたい。そうすれば、このような愛煙家の方々は、喫煙車両に乗車されるのでしょう。

では、タクシーはと言えば、私自身は、基本的な方針として禁煙に賛成。そのうえで、特別料金を割り増しして喫煙タクシーを整備するという意見です。新幹線等の列車の座席は、基本的に自分自身が選択します。喫煙と禁煙という2種類の選択肢が存在します。それに対し、今まで、タクシーは、基本的に選択肢がなかったわけで、乗客は、煙草がどんなに嫌でも、そのタクシーに乗車するしかなかったわけです。これは、駅等でタクシー待ちをしている状況では特に顕著で、運転手が煙草を吸った跡があるタクシーには、私自身は乗りたくないわけですが、順番がくればしょうがない。後ろに待っている客もいるし、まあ、あきらめて乗っていた。今度は、基本的に禁煙というように東京では来月から変わるわけです。
でも、これは極端な変化だと感じています。必要であれば、喫煙タクシー乗り場を整備する。喫煙タクシーのドライバーが健康を害さないように、空気清浄機を入れ、必要であればエアカーテンを導入する。その分のコストを料金に上乗せするわけです。それでも乗車する人はするでしょう。それが出来ない人は、タクシーに乗車する際は煙草をあきらめる。とにかく、選択肢はきちんと与えるべきだと思います。

たいした内容ではないのですが、最近、タクシーに乗車すると、ドライバーの皆さんと話をする話題にこの「全面禁煙」の話が出ますし、自分自身も上述したように嫌な思いをしたために、ちょっとかいてみました。

皆さんは、どのように思われますか?

人間の英知というもの

急遽、この前の週末に、沖縄宮古島、本島へと行ってきました。
先日、NHKのプロフェッショナルにも出ていた、沖縄の卓越した義肢技術者として知られる、佐喜真氏と議論をする事がその目的の一つでした。
私が最近強く感じている事の一つは、今の日本に存在する、人間の英知を、どのように次世代に継承するかという点です。この際、継承には、「その英知が産業として成立する」事が大事だと考えています。
それは、最近取り組んでいる農業にしても同じ事です。

ある分野に熟練した人間が持つセンシング能力とは、既存の様々なセンシングデバイスの精度を大きく上回る事はよく知られています。また、このようなセンシング能力を持った人間の英知は、この莫大なセンシング情報を整理し、どんなコンピュータでも及ばないようなデータ処理能力や予測能力を持っています。
これらの英知に、素直に感動したり、あるいはその英知を讃えたり、というのが、最近のテレビ番組や社会の動向である気がしています。でも、それでは、駄目なのです。

その英知が芸術分野に属する範疇であるのならば、その所産は作品ですので、私のアプローチも大きく変わります。しかし、その英知が社会システムの中で価値を持つような類のものであるのならば、大切な事は、その英知をどのように社会の中で役立てるかという事ではないでしょうか。そして、そのための手法の一つとして、その分野が産業としてどのようにして成立するかを考える事があるのではないかと考えています。既に産業化が成立している、あるいは可能性がある内容に関しては、私はその流れに任せれば良いと思います。産業として成立すれば、そこには人が集まります。継承者も生まれてくるでしょう。しかし、残念ながら、実際には、その英知が卓越していればするほど、産業としては成立していない状況が多い気がします。農業もそうですし、今回訪問させていただいた、佐喜真さんに関しても、様々な取り組みをされていますが、まだまだ可能性があると思っています。私が情報技術の専門家として貢献する価値があるのではないかと考えているという事です。まだ、具体的にどのような取り組みになるかはわかりませんが、実際に、佐喜真さんが作業をされている工程を実際に見学し、その後の議論を重ねました。多少の可能性は見いだせるのではないかと思っています。

とにかく、素晴らしい人間の英知を、単に賛美するという風潮だけは止めてほしい。それは、確かに、日本人が好きそうな、お涙頂戴型の番組制作にはなるでしょうが、中長期的な社会システムのビジョンには何も影響を及ぼさないどころか、社会システムの形成という観点からは、おそらく害をなすからです。

沖縄の空をみながら、考えてきました。