2007年10月

パネル ものを捉えるということ

11月22~23日に、六本木ヒルズで開催される慶應SFCのORF(Open Research Forum)に出展する。
23日には、宮台さん、国領さんと三名で鼎談。それの準備もこれから考えなければいけないが、とりあえずは、出展のためのパネル造りに追われている。

出展は、神成研究室として実施するので、原案は、学生の皆さんにお願いした。研究室では3つのプロジェクトを実施しているので、それぞれ1枚ずつ。それと、全体をまとめる1枚で合計4枚という予定だ。学生の皆さんがまとめてくださった文章はどれもまとまっていて、学内発表用として用いるのは問題ない。しかし、ORFは企業の方等の実社会の方々を対象としたイベント。やはり、インパクトが弱くなってしまう。そこで、自分で少し手を入れることにした。

情報を相手に伝達すると言う事を20歳前後からもっと取り組むべきだと思う。私は、よく、授業で、視野、視座、視点という話をする。これは、宮台さんとの対談本でも触れたし、私の話を聞いた事がある方の多くは既にご存じの事だと思う。「ものを捉える」ためには、この3つを依存関係のない軸として定義し、考えなければいけない。それによって、他者と自分との意見が異なった際に、その要因を分析する事も容易となるし、議論も整理されていく。これは訓練で培われる技能であり才能ではない。だから、磨かなければいけない。今回のパネルも、それを意図して学生の皆さんに作成してもらおうと思ったのだが、私自身の時間が無く、結局は自分で夜を徹して作る事になったりする。このあたりは、反省点である。。

今日の昼間に総菜を買うために出かけたのだが、そこで店の店員の手違いか、少しトラブルになった。謝ってくれるのだが、その視点が異なっているのに、その店員さん自身が気づいていない。視点だけでも一致すれば話が通じるのだが、今日は、視点が異なる。こちらの視座に気づいていないし、視野も違う。そうなると、謝ってもらえばもらうほど、お互いに不愉快な気持ちになる。店員さんも、気持ち悪そうだったが、私も含めてそこにいる客全員は、もっと不愉快な気持ちだ。形式的なマナーの限界箱のあたりにあるのだろう。もっと、ものを捉えるという事に、日常から注意深くなってもよいのではないだろうか。

酒を飲みながら、パネル原稿を作成していると、こんな事を考えたから久しぶりに書いてみました。

だけれども、まあ、それよりも、民営化された郵政公社の配達員のマナーは、もう少し何とかならないんでしょうかね。。。。宅配業者と比較すると、まあ、溜息が出るほどひどいですな。ふう。

電通総研 対談について

電通総研で実施された東京大学大学院情報学環 准教授の水越さんとの対談が、同社の機関誌として発刊されています。発売はされておりませんが、http://dci.dentsu.co.jp/publication/communication/ci09.aspからダウンロード可能です。よろしければ、お時間がある際にコメント等いただければ幸いです。

対談

10月2日に、宮台真司さんをSFCにお招きし、神成研究室主催で特別対談を実施しました。

来ていただいた方に感謝します。特に、東京の他大学から来ていただいた方もいらっしゃったりしてびっくりです。何でも6月に実施したOAZOでの対談のYouTubeを見て下さったとか。。。以外な展開ですね。

話の内容は、過激に(?)、SFCの学生を刺激するものになりました。
一つは、私自身が最近考えている、「自分の中での当たり前を壊す事ができるか?」というテーゼに繋がるものです。授業をやる。成功する。そうすると、次の年度も同じようなカリキュラムになります。いわゆる成功パターンに入っているような気がするわけです。簡単に言えば、「この成功パターンを壊せるか」ということです。大学の教員としてやっていると、特に、陥りがちなのですが、やはり、これを意識して進めたい。毎年は無理でも、数年おきにはやりたい。対談でも、学生の前で約束してしまったし(中には、1年生もいた)、まあ、進めていきたいと思います。それが出来なかったら、自分自身、進歩していないということで、そんなのは嫌ですしね。

もう一つは、「今の学生と教員とは、同時代に生きているのだけれど同世代ではないのだから、指導教官を詰まらないと捉える、その事に挑戦して欲しい」ということを宮台さんと二人で申し上げました。闇雲に、教員にあこがれるなんて、そんな時代ではないです。時代の変化はずっと早い。私だって、今、20歳前後であれば、いまさら、ITをメインにはやらないのではないかと思う事があります。教員の話す事にただ感動しているのではなく、その殻を意図的に破るトライアルを常に続けて欲しいという事です。もちろん、私自身もその対象であり、研究会の学生には、そのように捉えて欲しいと思います。教員にただただあこがれるなんて、宗教以外の何者でもないわけで、そんなのは気持ち悪いですし、良い結果は何ももたらさないでしょう。それに気づいて欲しいという思いでした。

前者に関して言えば、必ずしも全ての学問領域に当てはまるとは思っていないし、対談の際にもそのように申し上げました。きちんとした積み重ねの成果として結果が向上していく学問分野はあるし、やはり、きちんとした専門を持つ事は重要です。広く浅くつまみ食いばかりしているだけでは、やはり、新しいものを創り出す事が難しいのは厳然たる事実だと思います。
今回の対談がSFCで実施したからこそ、私は、これら2点を申し上げたのです。外部の方に、「SFC出身者は、専門がないと不安に思い、転職ばかり繰り返す傾向がある」と伺った事があります。自分自身の専門分野が何であるのか。それを自分自身で発見する事がSFCでは求められており、そのための、上述の2つの取り組みなのだと思います。

難しい事ですが、何とか、自分自身も、そのように進められたら良いなと思います。。。うーん。

10+1

新学期が始まり、ばたばたとした毎日を送っています。

7月末に実施されたインタビューが書籍に掲載されました。
INAX 10+1  No.48 特集=アルゴリズム的思考と建築 です。
同書は、私も以前定期購読していたもので、今は季刊となっております。
掲載内容の質という意味では、以前からレベルを落とさずに継続されており、素晴らしいものだと思います。今回も、素晴らしい執筆陣ですね。

今回の対談の私のタイトルは、「複数のマテリアル/複数のアーキテクト」です。
宮台さんとの対談本である、計算不可能性を設計する の次に来る話について、いろいろと言及しています。感想等、お聞かせいただければ幸いです。