私は自宅に新聞を購読していない。
元々、この3月まで結婚以来別居をしていた関係で(まあ、それはそれとして)、どちらかの家に何日間かいる事があるため、新聞を取っても溜まってしまう、そうなると留守宅である事を明示してしまうため避けていたという事がある。
で、この4月から同居となったわけですが、別居期間中にネットでニュースを見ると言う癖がついてしまい、結局、今に至るまで新聞を購読していないわけだ。
ところが、気がついてみると、平均して1週間に2回以上、多いときは4回か5回は新聞を見ている。それが、どこかと言えば、ホテル。結構の割合で外泊しているので(出張が多い。。。8月だけで新幹線に20回以上。。いや、ひょっとしたら30回前後は乗っている。。)、ホテルで朝刊が入ってきて読む。時間がないときは、この新聞を新幹線の中で読んでいる。
改めて新聞のことを考えてみると、新聞の持つ構成力というか情報閲覧性はやはりなかなか良い。一目見て重要性がわかるし、斜め読みも出来る。MobileでNetのニュースを読むと、いちいち記事を読みに行かなければならないし、それぞれの重要性もわからない。紙面の重要性を感じたりもする。
でも、その優位性がずっと残るのかというと、そうは思わない。現在の状況は、Web系のニュースサイトがだらしがないというだけで、新聞はずっと本質的に変わってはいないわけだ。変わっていないものに対して、依然としてニュースサイトがそれを越えられないのは、現状に甘んじているのか、想像力不足なのか、そういった理由なのではないか。
今の新聞記事を支えるビジネスモデルはさておいて、少なくとも、省資源化が叫ばれる昨今において、紙という媒体を選び、それが毎日廃棄される新聞というメディアが資源を無駄にしているのは事実である。少なくとも、あの大きさの紙が、配送され廃棄される。そこに要される資源は間接的なもの(輸送コスト等)まで加えると莫大である。
また、新聞と比較すると書籍の方が紙を用いる優位性はあるのかもしれない。新聞が、時間制を重んじるニュースを主な内容としているのに対し、書籍は長期間有効とされる情報が掲載されるものであり、未だデジタルメディアよりも紙のほうが、長期間のデータ保存という観点からは適しているからだ。
まあ、とりとめもない話なのだが、そんな事を考えながら、新幹線の中で新聞を読んでいたのであった。