前期概ね終了

今週で,SFCの前期が概ね終了.久しぶりに戻ってきた母校は,予想外に元気な学生が多くて嬉しかったというのが本当のところ.

この3ヶ月を踏まえ,改めて考えたい点は,SFCの価値が何であるかという点.
私が在学中だった頃と,社会全体の流れは大きく変わっている.先日,某メーカで議論をさせていただく機会があった.その中で記憶に残っている事に,「アーキテクト職に対する注目」というものがあった.
「何がアーキテクトか?」という問いに対する答えは,単純には,「感動を創出できるのか」ということだと思う.単なる積み上げに終わらない,夢想でもないものを,アーキテクトは創出しなくてはいけないのだろう.

私がSFCに求めるのは,アーキテクトの排出であり,SFC自身がアーキテクトとしての役割を担う事だ.
そのためには,何らかの技術的背景,あるいは経験や知見を踏まえたひらめきを持つ人材群を養成する必要がある.天才といわれる人達に関しては,この種の経験やひらめき,技術的背景がなくとも,人に感動を与えられる資質を持っている.ただ,天才は育成できないし,常に存在する事を期待する事も出来ない.それゆえに,我々は,ある程度の確率で成功を収めるために,天才抜きで,この種の人材を輩出しなければいけないのだと思う.残念なことに,この種の積み上げ型の努力でアーキテクトを育てたとしても,天才に敵う事が難しいというのが歴史的事実から我々自身が学ばなければいけないことではある.だが,どのように難しい事であろうとも,その確率は0ではないと思う.また,一人の天才が創出するアウトプットを上回るだけの変化を,多数の非天才アーキテクトが生み出す事も可能だと思う.

この種の人材育成,そして研究機関としての潜在的な資質がSFCには存在していると考えている.逆に,そこに資質を見いださなければ,厳しい言い方をすれば,SFCの存在価値はないのではないか.国内外の他大学,研究機関と比較して,やはり,何処にもない,優れた拠点としての価値を創出して田舎ければいけない.今までそうであったかどうかではなく,常に,今,目指すものとして,そうでなければいけないと考えている.